あの人は今vol13:佐藤大輔さん

マイナビ卒業生は今、どこで何をしているのかを追う「あの人は今」。今回は佐藤大輔さんを取材させていただきました。

佐藤さんは山形県出身。2003年にマイナビに入社したタイミングで上京。就職情報事業部や研修企画部(現在の教育研修事業部)で活躍しました。2013年に退社し、現在は山形県を専門とする人材紹介会社の株式会社ジンジャーズの創業メンバーとして経営に関わっています。

羽田と同じフロアからスタートした同期ということもあってフランクに話を進めていきました。

人口減少という状況を目の当たりにし、人材紹介業にも厳しい現実が間近に迫っている今、現地に住む人はどのように考えているのでしょうか?深刻ながらも考えさせられるインタビューとなりました。

(取材:羽田啓一郎)

*佐藤さんと羽田は同期なので、あえて口語体の文体でお届けします

10年在籍したマイナビ時代の思い出

山形の佐藤家の近所の畑

ー今日はよろしくお願いします。山形寒い?

今日は雪積もっててめっちゃ寒いね。この背景、家の近くの畑。人んちのだけど。

ーマイナビにいたのは10年間?マイナビ時代の思い出で何か印象深いことってある?

大学卒業後から30代前半までいたので、思い出はいろいろあるね。入社して最初の受注も覚えてるな。就職営業の新規営業でなかなかテレアポが取れず会社に居残って、気まずくて外からの電話が鳴ったらすぐとる、みたいなことをしていたら問い合わせの電話をたまたまとってそれが初受注に繋がった、とか。あと研修企画のときは、事業立ち上げだったんで忙しくて、毎日のように終電まで仕事して、帰りの電車の中でも上司といっしょにパソコン開いて仕事の打ち合わせした、とか。仕事量も多くて大変だったので、ハードシングスに対する耐性はついてるかも。

ー笑。古き良き時代のことね。どうしてマイナビを辞めようと思ったの?

端的にいうと東京が自分には合わなかったということかな(笑)。10年勤めたタイミングで地元に帰ろうかなと思ったんだよね。東北支社への異動はかなわなかったし。で、山形の人材紹介会社に転職して、それから仲間と今の会社を2018年に立ち上げたの。今は山形県だけを事業エリアにする山形専門の人材紹介会社の取締役、といっても小さい会社なのでプレイヤーですが。

ー大ちゃんは去年、「プロティアン・キャリア認定ファシリテーター」としても活動を始めたよね。山形県でプロティアン・キャリア対話会などを主催し、人材紹介だけでなく社会人のキャリア教育にも活動の幅を広げようとしているみたいだけど、それはどうして?

会社を立ち上げていろいろ悪戦苦闘しながらも、それなりに事業がまわるようにはなってきて、少し落ち着いて俯瞰して自分や自分の周囲の状況がみえるようになったんだよね。自分は創業メンバーで役員なので、言ってしまえば会社組織人としてはもうだいたい上が見えている状態だし自分自身の将来のキャリアも、自分たちの会社もこのままで大丈夫なのかな、と。

人口減少の最前線にいながら

佐藤さんが活動している山形でのプロティアンキャリア対話会の告知画像

ー何か今の会社に不安要素があったの?

会社に対してというよりは自分の住む地域に対してかな。人材紹介事業は、人と企業をマッチングすることによって事業が成り立っているので、働く人と企業との両方がなければ成り立たないじゃん。そんな中で、山形県を含めて地方都市は人口減少が凄い進んでて、働く人も今後急速に減っていって都市自体が消滅してしまうかもしれない危機が目の前にある。そうした状況下で、あと10年20年と同じように事業を動かしていけるのか、と。

ーなるほど・・・。人口減少は日本全体の課題ではあるものの、正直東京に住んでいるとそれを実感する機会はあまりないんだけど、実感する時ってどういう時?

人材紹介業の業務的には、求職希望者自体も少し減ってきているなと感じているんだけど、それ以上にショックを受けたのは、今プライベートで町内会の役員もやっていて、ウチの町は全部で350名くらいいるのね。そのうち、70歳以上が全体の50%超えてるの。60歳以上だともう65%ちかくて、一方で40歳未満は14%、小学生になると10人未満。町内会の役員になってそうした数字を目の前にしてビックリしちゃった。

ー・・・確かにそういう数字を聞くとインパクトあるね。山形県から外に移住しようとか思わない?

うーん、もちろんこの先将来絶対山形から離れない、ということはないんだけれど、今は考えてないかな。日々の生活は普通にできてるし、高齢者も元気な方が多く70歳くらいだったら普通に働いている方も多い。普段それほど逼迫感を感じることがない。みんなおそらく心のどこかで不安に思いながらも、「でていく」ことまで考えていないという人が多いんじゃないかなぁ。それに出るといってもどこに出るのか、という話でしょ。家をどうするのか、仕事をどうするのかという問題もあるし、どこかに移住したところで結局日本全体として人口減少だし。

ー移住政策などに力を入れている自治体も多いけど、山形県はどう?

もちろん山形も頑張ってるでしょ。ただ、こんなことを言ってしまうと身も蓋もないんだけどさ、移住してくる人数より高齢で亡くなる地元の人の方が多い。人口減少全体の解決になるほど凄い政策はないんじゃないかなぁ。山形は果物とか米とか有名だけどさ、農家は高齢者が多いからこの先、産業としても難しくなってくることも考えられるしね。でもこれは山形だけの話ではなく、もっと深刻な地域はたくさんあるよね。

地方こそ、自分のキャリアを自由に考えるべきだ

佐藤さんが所属する町内会も人口減少の波が。

ー聞いているとかなり厳しい状況ね・・。日本全体の人口が減っているわけで、地方自治体の人口問題は解決策が見えないね。

これはあくまで個人的な考えなんだけどね、自治体が自治体として存続するために移住促進や地域活性をする、という考え方はちょっと否定的。「わが町を残すために」みたいな。なぜかというと、そこに住んでいる人たちにとってその土地に残ることが幸せかどうかわからないから。土地や家が足枷になることがその人の人生にとって幸せなのか?と思っちゃうんだよな。地方の人たちは、都会の様々な働き方がある環境と比べて「キャリアの多様性」との接点が乏しいなと思うのね。人生におけるさまざまな選択肢や可能性を感じにくいようにみえる。だから自分自身も含めて、地方都市の人たちも自分自身のキャリアの可能性をちゃんと考える機会が多いほうがいいのかな、と思ってキャリア対話会とか開催してみている、というのが今の状況。

ー山形から人が減っていってもいい、ということ??

いや、自分がキャリア支援や転職支援を頑張った結果、山形でイキイキと過ごす人が増えて、それを魅力に感じて山形にきてくれる人が増えたらいいなと思って、頑張ってる。

でもさ、ちゃんと知識を身につけて考えた上で、残る・残らない、帰る・帰らないは個人個人が決めることだと思うのよ。自分は、東京にいた時、親から帰ってきてほしいと言われたことがないし、自分の子供たちにとにかく山形に残って欲しいとは思わない。家を守れとか墓を守れとかいうつもりもない。でも家を継いで欲しいとか老後の生活を支えて欲しいとかいう他の誰かの意思や事情によって、仕方なく留まったり、戻ってきたりしなきゃいけない、というのは違うんじゃないかな、と思うんだよね。自治体が自分たちの存続を目的に人口増加施策を考えるのではなく、もっと人口減少を受け入れて、それを前提にして、少ない人口でも幸せに暮らせる施策を中心に考えてもいい時期にきているのかなと思うこともある。

ーいや、深刻ですがめちゃくちゃ深い話ね。日本人はちゃんと考えなければいけないテーマだね。

そうだね、でも、決して悲観的に日々生きているわけではないのよ。地域のつながりも広がってるし、仕事も毎日楽しく生きていますよ。生物は皆いつか死にますが、死んじゃうということについて悲観して毎日つらい気持ちで生きてる人っていない。諸行無常。それと一緒かな、と思うわけです。

山形いいとこでしょ。羽田君また遊びきてよ。

山形県の人材紹介なら、ジンジャーズ!

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